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秋と石川啄木

短歌は読んだその時々によって受け取り方が変わります。

以前はなんとも感じなかった表現が気分によってか、経験が増えたからか、あるいはただ歳をとったからか、とつぜん輝きを放つように見えたりすることがあります。

そこで、私は読んでいてそのとき気に入った歌にチェックをつけるようにしています。そうすることで以前の自分と今の自分との感覚の違いを楽しむことができ、なぜいままでこの歌に気づかなかったのだろうとか、逆になぜこんな歌をすばらしく思ったのだろうかとか、毎回新鮮な気持ちで読み返すことができます。

 

読むのは『一握の砂』。石川啄木が生前に出版した唯一の歌集です。

 

一握の砂・悲しき玩具―石川啄木歌集 (新潮文庫)

一握の砂・悲しき玩具―石川啄木歌集 (新潮文庫)

 

 

『一握の砂』は五つの章によって構成されています。

 

『我を愛する歌』

『煙』

『秋風のこころよさに』

『忘れがたき人人』

『手袋を脱ぐ時』

 

それぞれの章に色があり、違った印象と魅力があります。

例えば、啄木の代表歌というのはほとんど『我を愛する歌』に収録されているものです。『自分を愛するから詠む歌』と訳されるこの章は、天才歌人としての啄木が最も発露している章です。

終わりの章『手袋を脱ぐ時』には、啄木がわが子を失ったときに詠んだ8首がおさめられています。とっさに目を背けたくなる、心臓を握られるような歌。これらの歌もまた自分が子供をもうけたとき、全く別の言葉のように感じられるのかもしれません。

 

しかし、その何度も読み返した『一握の砂』のうち、『秋風のこころよさに』だけには一首にもチェックがついていませんでした。この章は平坦で印象が薄い。単純に収録歌が少ないというのもありますが、他の章と比べると表現がかたく、普遍性も感じにくい。歌のひとつひとつが秋風のように冷たい。

 

『一握の砂』の序文に少しだけこの章についての記載があります。

『「秋風のこころよさに」は明治四十一年秋の紀念なり。』

明治41年を西暦に直すと1908年。啄木が22歳のときです。啄木はその年に家族を置いて釧路から東京に移りました。生活は逼迫し、小説家になる夢も結ばれず、世間の事件から死についてよく考えていた時期だったそうです。そんなときに詠まれた歌を私も同じ季節に読むことで、いままで見えなかった魅力に触れられるかもしれない。そう思い、もういちど愛読書を手に取りました。

 

 

秋の月、秋の夕焼け、秋の空。

『明治41年』がいまではどことなく身近で、いまここで詠まれたばかりの歌のような新鮮さがあり、歌に詠まれた憧憬がまるで自分の思い出かのように去来します。

そして私はひとつの歌にチェックをつけました。

 

父のごと秋はいかめし

母のごと秋はなつかし

家持たぬ児に

 

秋という季節は父のように峻厳で母のように懐かしく感じる

ふるさとを捨て流離の身のような私にとっては

 

この一首によって『秋風のこころよさに』に収録されたすべての歌が、いままでとは少し違う香りを発するかのように感じられました。

私にはいままで、この章の歌が秋風のように冷たく見えていました。歌の窓を通して殺風景でもの寂しい秋の悲しさを眺めていました。

しかし啄木(家持たぬ児)が歌に込めたように、秋というのは人を縮こまらせる寒さだけでなく、うららかな暖かさも感じることのできる季節です。それと同じように『秋風のこころよさに』の歌々も冷たいだけではなく、その内に母のようなぬくもりをはらんでいるのです。だからこそ、啄木にとって秋風はこころよかったのでしょう。

啄木と同じ秋を感じ、はじめてそのことに気づくことができたように思います。

 

短歌は読んだその時々によって受け取り方が変わります。

そうして、すこしずつ自分だけの歌になっていきます。

わたしも今回読み返して、いままで気がつかなかったことに触れました。

 

石川啄木の短歌の多くは表現がやさしく、誰もが共感できるようなとても読みやすいものです。なので、短歌に触れたことがない人ほど『一握の砂』はおもしろく感じることができると思います。

澄んだ空気ときれいな月、それに好きな一首を添えて、こころよい秋風を楽しんでみてはいかがでしょうか。

 

 

秋の夜長は読書とブログ