佐藤の弟が東大に入った

 

 
佐藤(仮名)は小学1年生のおわりに転校してきた、ちょっとおとなしめの、メガネの男だった。おれと出席番号が近く、家も近所だったのですぐに仲良くなった。それからずっと一番の親友だった。

 

彼は医者の息子で、ほかの友達とくらべてすこし裕福だった。ある日佐藤の家に遊びに行ったとき、おやつに小さなピザが出てきたのをいまでもよく覚えている。ウチの実家ではおやつにピザの名を冠する食物なぞ出ない。親が知り合いの葬式に行かなくてはならないときにだけ現れる、神がキャノピーにまたがりて我らに賜りし僥倖、それがピザだ。そのピザが佐藤の家ではおやつ扱いだった。

 

佐藤の家にはおもちゃもいっぱいあった。佐藤には弟が2人おり、遊びに行くたびにおとこのこ向けのおもちゃが増えていた。戦隊ヒーローの超合金ロボや仮面ライダーの変身ベルト、ゾイド、ビーダマンなどなんでもあった。さらに毎年夏休みになるとグアムへ家族旅行に行っていた。おれはグアムがなんなのか知らなかったので羨むことすらできなかったが、毎年くれるお土産のマカデミアナッツチョコレートを楽しみにしていたものだった。

 

さらに元看護士の佐藤のお母さんはかなり若く、めちゃめちゃキレイだった。放課後、佐藤の家のリビングでゲームやってたら、そのお母さんがおれの目の前で佐藤の小さい弟におっぱいをあげはじめた。おれはもうゲームどころではなく、フヌケた顔でおっぱいを凝視していたのだが、

 

『やだあ、藤原くんおっぱいみちゃだぁめ(笑)』

 

ってかわいい声で言われてめちゃエロだった。佐藤の家はとにかく最高だった。

 


佐藤はおれと同じでおとなしい性格だった。休み時間はサッカーやドッヂボールではなく、ふたりでお絵かきをして過ごしていた。ふたりともコロコロコミックが大好きだったので、それのまねをした漫画をいつも書いて笑っていた。

 

しかしそのおとなしかった佐藤が中学への入学を期にすこしずつ変わりはじめてしまった。おれと佐藤は同じ陸上部に入っていた。ふたりとも運動が好きではなかったが親に文化部はダメだと言われて仕方なく選んだのが陸上部だった。しかし佐藤は2年のはじめごろから練習に顔を出さなくなりはじめ、夏休みを終えるぐらいには退部してしまった。そしてこのころから佐藤は中学の不良グループとつるみ始めるようになった。不良といってもウチの学校の不良はかなりマイルドだった(おれもみんなもその不良たちと仲はよかった)ので、それ自体はそこまで不思議ではなかったのだが、これがのちに悲劇を引き起こした。

 

その年の文化祭、佐藤を含めた不良グループはバンド演奏をした。いまとなっては楽器を弾けない佐藤がどのパートを担当していたのかも定かではないが、とにかくバンドをやった。その演奏の終わりぎわ、ボーカルが大声でこう言い放った。

 

『メンバーの中に、この場で告白したいヤツがいる!』

 

場がどっと沸いた。当時『学校へ行こう!』が流行っており、テレビのような公開告白が生で観られるとあって全校生徒はめちゃめちゃに沸いた。

 

『佐藤がいまから告白をする!!!』

 

ボーカルは叫んだ。クソみたいだったバンド演奏の10倍は沸いた。しかし、おそらく佐藤の意思とは無関係にボーカルの勝手な思いつきでこのような運びとなったのだろう。場の盛り上がりとは裏腹に、壇上の佐藤はかなりまごついていた。しかしいまさらムリだと言いだせる状況ではなかった。

 

『ぁのう、さ、サトコさん、つ、付きあってくださぃ』


佐藤がやっとの思いで絞りだした言葉はマイクを通したとは思えないほど細く小さかった。『学校へ行こう!』では告白された子がその場でイエスかノーかを答える。だがそのサトコさんは恥ずかしさのあまり、うつむいたまま返事をしなかった。黙して床の一点をじっと見つめていた。さきほどまでの盛り上がりとは対照的に、水を打ったような静けさだった。進行が次の演目の紹介をするまで、沈黙はつづいた。最後まで返事はなかった。

 

保護者席には佐藤のお母さんも来ていた。

 

 


その後佐藤は高校受験に失敗し、偏差値43ぐらいの私立高校に通うことになった。別の高校に進学するのをきっかけに佐藤と連絡をとることはなくなったが、その後母づてに佐藤は東海大学に入ったと聞いた。

 

『アンタ知ってる?佐藤君の弟、M高の特進受かったわよ。』

 

数年後おれが実家に帰省した際、母が興奮気味に伝えてきた。これはすごいことだった。M高というのは県内で一番偏差値の高い高校で、さらにその特進は県内トップ40名のエリートしか入れないクラスだ。おれの中学の同級生では一人も受からなかったクラスに、佐藤の弟が受かったのだ。

 

おれは『スゴいじゃん』と言うと同時に、久しぶりに名前を聞いた佐藤のことを考えていた。優秀な弟を持ってしまった、佐藤の気持ちについて考えていた。そのころの佐藤はかつての同級生との接触を避けるようになっていて、同窓会はおろか成人式にすら顔を出さなかった。彼にとって小学校・中学校のことはもう消したい過去なのかもしれない。

 

 


『アンタ知ってる?佐藤君の弟、東大受けるらしいわよ。』

 

先の報の三年後、ふたたび母がホットなニュースをおれに伝えた。聞けば佐藤の弟は、そのエリート集うM高の特進でもトップをひた走っていたという。東京や神奈川であれば知り合いが東大に、というのも珍しくないのかもしれないが、山梨の片田舎で、さらに現役で東大に入るヤツなんてまずいない。ここまでくると地元でも大きな話題になっていた。

 

しかし結局、佐藤の弟は東大を落ちてしまったらしい。おれは少しほっとしていた。東海大学東京大学では一文字違いでも月とすっぽんというか、ガニメデとフィリックスガムぐらい違う。もし弟が東大に入るなんてことになったら、いよいよ佐藤の立つ瀬がなくなる。

 

 


その一年後ぐらいして、母が佐藤は大学を中退して声優の専門学校に入ったと教えてくれた。声優の専門学校をバカにするつもりはないが、声優の専門学校に入ってるヤツの未来が決して明るくないことはわかる。輝かしい道を歩む弟と反比例するように、佐藤はどんどん落ちていくようだった。あ、そうそうと母は続ける。

 

『アンタ知ってる?佐藤君の弟、一浪して東大の理三受かったわよ。』

 

理三て。