亜久津の意地


テニミュの空耳が好きだ。

 

テニミュというのはテニスの王子様を原作としたミュージカルで、10年ぐらい前、ニコニコ動画がサービスを開始した最初期に流行った動画の一群だ。動画上に直接コメントを流すことができるという画期的なサービスにみんな夢中になった。最初はコメントのほとんどが動画の感想だったが、だんだんと動画に対してのツッコミやボケたりする人が出始めた。

 

それが発展して、当時のニコニコ動画ではテニミュなどのミュージカルのセリフや歌に勝手な空耳をつけて遊ぶというノリが起こった。同時期に流行ったものとして新・豪血寺一族などがある。これも空耳要素があった。初期のニコニコ動画といえばとにかく空耳なのだ。

 

はじめてテニミュの空耳を見たとき、おれは死ぬほど笑った。

 

まぁ~~~~笑った。おもしろフラッシュ倉庫の『のび太のわさび』と同じぐらい笑った。つまり人生で最も笑ったという意味だ。衝撃的な面白さだった。『猫駆除だ!』で狂ったように笑っていた。

 

おれはいまもテニミュの空耳が好きでたまに見ている。さすがに当時のようにひきつり起こしながら見ているわけではないが、よくできた空耳には爆笑というより感心してしまう。というのも、テニミュの空耳には完成がない。当時から10年ほど経った今でも新しい空耳が生まれたりするのだ。

 

無数にあるテニミュ空耳の中でも飛びぬけて好きなものがひとつあるのでここに紹介したい。

 

それはニコニコ動画内では『有機vs人参』というタイトルで知られるテニミュ動画の空耳だ。ミュージカルの内容は主人公・越前リョーマと亜久津仁の試合の場面で、そのふたりの死闘のさなか、二人の試合を分析した青学の部長・手塚がテニスにおける精神面の重要性を説く場面。手塚はこう述べる。

 

『テニスは技術もさることながら、メンタル面が大きく左右するスポーツだ。亜久津の意地と越前の勇気、より強いほうがこの試合を制す。』

 

この文中の『亜久津の意地』に『あくつのいぢ』と空耳がつく。

 

この空耳を見つけたヤツはすごい。マジですごい。ここで字面だけ見てもまったく面白くないとは思うが、とにかくすごい。(いちおう補足しておくと涼宮ハルヒシリーズや灼眼のシャナシリーズで有名なイラストレーターの名前が『いとうのいぢ』)

 

テニミュの基本として、演者はずっと歌って踊っているのでセリフの発声がおぼつかない場面が多々ある。動画はたった10分ほどでも実際の公演はきっと2時間ぐらいあるはずなので(よく知らないが)、呼吸が追いつかなくなるのは当然だ。そこで生じる不明瞭な発音に、母音の相似や聞き慣れない固有名詞(必殺技、学校名・個人名など)が絡まると空耳が生まれやすい。

 

『下克上だ!』→『猫駆除だ!』
『ドライブBです!』→『ドMビジネス!』

 

といった具合だ。

それに反して手塚が『亜久津の意地』と発する場面では、手塚は踊ってもいなければ歌ってもいない。直立のままはっきりとした滑舌で『亜久津の意地』と言っている。本来であればもっとも空耳が生まれにくい箇所だ。

 

そこで『あくつのいぢ』だ。

 

『亜久津の意地』と『あくつのいぢ』は音が完全に一緒だ。だが本来『あくつのいぢ』という言葉は存在しない、架空の単語だ。架空の単語でありながら『いとうのいぢ』と掛かっている不思議な単語だ。ほかのテニミュでもこのような特殊な空耳は存在しない。

 

ほかのテニミュ空耳で使われる存在しない言葉といえば『クッソルケン』などがあるが、『クッソルケン』は本来ある日本語に掛かっているわけではない。どうしても『腐れ縁』が『クッソルケン』にしか聞こえない、というものだ。

 

また『猫駆除』も本来は存在しない熟語だが、『猫』『駆除』というもともと存在する単語の組み合わせだ。たしかに『腐れ縁』を『クッソルケン』とした人、『下克上』を『猫駆除』とした人、この人たちもすごい。ただ、『あくつのいぢ』はそういった基本的な空耳とは一線を画したすごさがある。

 

さらに言うとこれを空耳として『あくつのいぢ』と文字におこしたとき、多くの人が「これは『いとうのいぢ』と掛けている」というのにパッと気づけるのもすごい。『ぢ』という五十音の特殊性がこれを成す大きな役割を果たしているのだ。テニミュ動画では次から次へと連続して空耳が流れるため一瞬で理解できない複雑な空耳は敬遠されるが、これはよく練られている上に理解が容易だ。つくづくこれは奇跡の空耳だ。本当にすごい。

 


この文章を読んでるひと全員ピンときていないと思うが、『あくつのいぢ』はとにかくスゴいのだ。みんな年末年始を利用してテニミュ空耳動画をもういちど観てほしい。頼む頼む頼む~~~~~~~~~