老いの足音


このまえ朝の6時に膀胱がパンパンの状態で目が覚めた。

 


この場合わたしは『おしっこのために起きた』ということになるのだろうか。それともその日はたまたま6時にすっきり目が覚める日で、膀胱がパンパンだったのは目覚めとは無関係だったのだろうか。

 

わたしは自分がおしっこのために起きたとは思いたくない。なぜならおしっこのために起きるというのは自分がおっさんになったというのを認めるのと同義だからだ。そんなことはあってはならない。

 

おっさんはおしっこのために起きるらしい。らしい、というのは実際に夜中おしっこに立つおっさんというのを見たことがないからだ。しかしテレビでは尿の悩みを解決するための商品のCMが流れるし、親戚の集まりでも話題になったりする。そんなバカな。じゃあ坂本龍一ベネディクト・カンバーバッチも寝る前にハルンケアを飲んでいるというのか。

 

なんで?子供の時からずっと疑問だった。寝る前にちゃんとトイレ行ったらいいじゃん。大人はいつだって意味のわからないことばかり言う。だって自分はわざわざ夜中に起きてまでトイレに行かなきゃならなかったことなんてないし、これからもそんなことは起こらない。そう思っていた。

 

しかし濡れた足音はゆっくりと近づいてきている。

 

わたしももう30歳まであと数歩といったところだ。人は毎日少しずつ知覚できない速度で老いていっている。これから遠くない未来、わたしはおしっこのために夜中に起きる生活を送ることになるかもしれないのだ。

 

ただ、6時だ。わたしが起きたのは朝の6時。これが朝の4時であればわたしも認めざるを得ないだろう。サンテグジュペリを撃ち堕としたことを認めたドイツ軍のパイロットのように泣きながら『おしっこのために起きたのはわたしだ』と名乗り出ると誓おう。しかして6時だ。自然に目が覚めたというのは決して無理筋の主張ではないはずだ。

 

膀胱がパンパンであったことに目をつむれば、すっきりとしたすばらしい朝だった。

ただ膀胱がパンパンであったばかりに。

 

 

考えてみると最近は歯磨きのときオエってなるし、筋肉痛も遅く、長引くようになった気がする。飛蚊症も年々ひどくなっていく。

 

わたしは20代半ばにして『おしっこのために起きる人間』のトロフィー(ブロンズ)を獲得してしまうのだろうか。おしっこのために起きると言うのは完全におっさんだ。

 


最後になりますが、いま思うと膀胱はパンパンというよりはギチギチでした、ギッッッチギチでした。現場からは以上になります。

 


この記事を読んだあなたの明日のラッキーローマ五賢帝ハドリアヌスです。
それではよい一日を。