露出狂のエイミー

 


おれが台湾で中国語の学校に通っていたときに同級生のひとりが露出狂に遭った。

 

彼は龍平という名前で、おれはそれを中国語読みして『ロンピン』と彼のことを呼んでいた。彼はおれのことを『同学(トンシュエ)』と呼んでいた。これは『同級生』という意味の中国語だった。

 

ロンピンは当時24歳のおとなしい男だった。真剣に授業を受け、放課後はまっすぐアパートに帰ることが多かった。あまり夜遊びに出かけるような性格ではなく、土日でもずっと勉強しているようだった。童貞だった。

 

 

 

学校はいつも午後1時に終わるので、放課後はいつもふたりで学校の近くの店でメシを食べていた。その日はチャーハンだったと思う。昼食後ロンピンはいつものように帰路につき、それからおれは図書館に向かっていた。

 

ちょうど図書館についたあたりで、突然ロンピンから電話がかかってきた。めずらしいな、と思いながら電話に出たところ

 

『トンシュエ!露出狂が出た!!!』

 

いきなりの報告に面喰らったが、ロンピンはひどくおびえた様子だった。聞くとロンピンはいつも学校のすぐ隣の公園を通ってアパートに帰るのだが、その公園で露出狂に遭遇したというのだ。白昼堂々、しかも女の露出狂だという。

 

女の露出狂と聞くやいなや、おれは図書館を飛び出していた。そんな人生で1度あるかないかのチャンス、絶対に逃すわけにはいかない。5分後、公園の出口でロンピンと落ちあったとき彼は泣きそうな顔で『エイミーが露出狂なんだよ~』と言っていた。

 

露出狂のくせに自己紹介までしているのか、なんてやつだエイミーは。話を聞くとエイミーは台湾人で(台湾の若い人は本名とは別に英名があることが多い)しかも20代前半ぐらいだという!正真正銘の変態だ。ロンピンによるとエイミーの手口はこうだ。

 

まず公園を歩いていたロンピンに『外国人ですか』『わたしはエイミーです』『映画の撮影をしているので手伝ってください』と声をかける。そうして彼を人気のない茂みにつれていき『これで私のムービーを撮ってください』とスマートフォンをわたす。ロンピンがスマホのカメラを彼女に向けると、エイミーは足を大きくひらいた仁王立ち状態から徐々にかがんでいき、最終的にミニスカートの中身が世界まる見えテレビ特捜部というわけだ。当然パンツは履いていない。

 

かわいそうなロンピンはすっかりおびえていた。『海外こわい』としきりに言っていた。

 

おれは女の露出狂におびえているロンピンにウケていた。たしかにいきなり無警戒の状態で性器を露出する人間に遭遇したらそれが男だろうが女だろうが関係なく怖いだろう。おれが彼でも相当ビビると思う。よもや彼にとってそれが人生ではじめて見る女性器ともなれば平常心ではいられない。ただ、女の露出狂におびえる成人男性を間近で見るとどうしても笑ってしまう。ロンピンは『次に会ったら殺される』とつぶやいていた。落ちつけ。


おびえるロンピンをなだめ、エイミーがどんなヤツだったかと聞くと

 

『可愛かった気がする』

 

と持ち前の童貞っぷりを発揮してロンピンは言った。いやそんなことは聞いてない。どんな顔立ちで、どんな髪型で、どんな服装だったかってことを聞いているのだ。顔面偏差値の話はしていない。

 

『ピンクのハイヒールを履いていた。それ以外のことはよく思い出せない。あ、パイパンだった』

 

なんでコイツそんなことだけ覚えてんだ、と思ったがそういえばアンビリバボーで見たことがある。たとえばコンビニに強盗が入ったとき、強盗が特徴的な帽子をかぶっていたり首に大きなキズがあったりすると、店員はそのことだけが脳に強く焼きついてしまって顔立ちや体型といった重要な情報が思い出せなくなってしまう、といったものだ。

 

女の露出狂におびえている、かつ、まんまアンビリバボーで見たとおりの状況になっている24歳男性ロンピンにおれはウケていた。彼の脳が記憶しているエイミーの記号が『ピンクのハイヒール』と『パイパン』だ。愉快きわまりなかった。最寄り駅に送り届けるまでロンピンは『日本に帰りたい』と唱えつづけていた。

 


それからというもの、おれは毎日その公園を通った。エイミーをひと目見るために、来る日も来る日も公園を練り歩いた。ロンピンが声をかけられたという小道を往復し、ロンピンが連れ込まれた茂みを遠いベンチから何時間も観察した。ただひとつ、『ピンクのハイヒール』という手がかりを胸に。


しかし、とうとうエイミーは現れなかった。

 

 

 

こうして日本にかえってきたいまでも、ピンクのハイヒールを履いた女を見るたびに、わたしは遠く台湾のエイミーのことを思い出すのです。